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60年代の幻影を求めて横尾忠則展へ

Category : 1960年代/美術
一昨日、地元の美術館で開催中の横尾忠則展に行ってきました。

大型作品が多く、「画家」横尾忠則の世界が堪能できるなかなかの見ごたえがある展覧会でした。が、九分九厘ないだろうけど、ひょっとして、もしや、というわずかな期待は、やっぱりハズレました。それは、グラフィック・デザイナー時代、それも60年代のポスターなどを観られたらなあ、という期待でしたが、そういうコンセプトの横尾展ではなかったようで。

天井桟敷や状況劇場の演劇ポスターに代表される、禍々しく猥雑でキッチュな作品群で、まさに時代の寵児だった横尾忠則。70年前後の時代のニオイがプンプンと漂う、たとえば、こんなのが観たかったのですよ。

横尾忠則/腰巻お仙

横尾忠則/浅丘ルリ子裸体姿之図小

ワッ!『浅丘ルリ子裸体姿之図』ですね。ムカシ初めて見たときは、こんなの描いてイイノ?と驚きました。商業デザイン作品でしょうから、クライアントがいたはずですが、どこが依頼主だったのでしょう。それにしても、浅丘ルリ子さんですよ、「パンティの紐跡エロティシズム」はヤバクナイ?と純情な少年は思いましたよ。

70年前後はカウンターカルチャー隆盛の熱い時代で、古いものを引き摺りながらも、そこから何かが生まれようとしていて、何でもやってしまえ、みたいなゲリラ的雰囲気は漲っていたような気もします。「新宿で石を投げたらデザイナーの卵に当たる」と言われたほどのデザイナーブームだったんですが、それも横尾忠則の活躍があったからこそなんでしょうねえ。なんと言っても、この時代の横尾作品が最高。

今回の展覧会は、80年代にデザイナーから画家への転身宣言をして以降の作品で構成されており、以前の横尾ワールドも引き継いでいるものの、やはり落ち着いた上品な味わいとなっています。まあ、75歳という現在の年齢を考えれば当然と言えますが。

そう言えば、今年の春の叙勲で、横尾忠則さんと浅丘ルリ子さんは、仲良く旭日小綬章というを受章されたらしいですね。んー、時の流れというものを思い知らされます。

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継子ゆえに生き延びたモンキーズが今では愛おしい

Category : 1960年代/音楽
その1
ある野球チームが遠征で移動するときは、レギュラー・メンバーは旅客機のビジネスクラスで快適に、控えのメンバーは夜行列車で寝不足気味に移動するのが常でした。あるとき、レギュラーが乗っていた飛行機が墜落して全員死亡し、列車移動の控えメンバーだけが生き残って無事遠征先に到着しました。

いや、ちょっと違うなー。

その2
ある意地悪な継母は、継子(ままこ)に留守番をさせて、実子だけを連れて、温泉旅行に出かけました。継子が一人で冷や飯とカップ麺の食事をしている頃、母子は旅館の豪華な料理に舌鼓を打っていました。ところが、母は旅役者と恋に落ち、子供を捨てて駆け落ちしてしまいます(どんな時代設定や)。取り残された実子は富士の樹海をさまよい、遭難死してしまいました。継子は家を守り、苦難を乗り越えなんとか成人しました。

うん、こんな感じ。

いったい何のハナシか! と言いますと、これは、我が家にあるシングル・レコードたちを見ると、時々思い浮かべる村芝居的ストーリーなんですネ。


1970年春、高校を卒業して上京(横浜市でしたが)する際、それまでシコシコ買い集めたシングル・レコードのうち、気に入ったものだけを選んで持って行きました。
それからの数年間は、自分にとってのシュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)の時代。というかそんな勇ましいもんではなく、まあ田舎出の少年が新たな世界、価値観に出合い、その中で右往左往、転がり続けていただけなのですが。
そんなある時期、音楽が急につまらなく思えてきて、発作的にレコードも再生装置も全部処分してしまいました。若気の至りというか、過去を否定し捨て去りたい衝動に駆られたのでしょう。よくあるハナシですね。
職場の同僚に二束三文で売り払ったのは、ビートルズ、ストーンズ、アニマルズなど、少年期の5年間をかけて集めた60年代ロックのシングル盤の数々。
あの時処分しなければ、とその後繰り返し繰り返し、いまに至るまで悔やみ続けて40年……。

というわけで、お気に入りのレコードたちは失われ、そうでもないレコードたちが実家で生き延びることになりました。

長い前置きになりましたが、そんなふうにして生き延びた継子的な代表が、本日紹介するザ・モンキーズ。

モンキーズ/恋の終列車

モンキーズ/アイム・・ビリーヴァー

モンキーズ/恋はちょっぴり


モンキーズ雑誌切抜き

モンキーズは、ロックとポップスが分化する以前の黎明期の終わり頃に、突如現れた人気グループでした。

デビュー曲『恋の終列車』は、そこそこ良い曲で、まとまりのある上手な演奏だな、というのが中学生の私にも解りました。それもあたりまえ、演奏していたのはモンキーズではなく一流のスタジオ・ミュージシャンだったのですから。そのせいか、なにか手慣れた感じというか、新鮮さのないような印象も同時に感じたような気がします。

でも第2弾の『アイム・ア・ビリーヴァー』は、そんなことを吹き飛ばす勢いの、文句なくカッコ良い曲でした。この際誰が演奏しててもええやん、という感じ。キーボードとギターによる短く軽快なイントロからミッキー・ドレンツが、ちょっとハスキーな声で「恋なんてお伽話のなかだけのことだと思っていたよ、君と出逢うまではねー。」みたいなことを歌い始める。この中学生にも解るシンプルな歌詞がグッときましたね。低音部で旋律を短音弾きするという斬新なオルガンソロの間奏もメチャカッコ良く、現在聴いても色褪せず、とても魅力的な曲です。作詞作曲者のニール・ダイヤモンドは、その後70年代に大物人気ポップス歌手となります。

カブレやすい14歳だった私は、ギターのマイク・ネスミス(楽器が苦手なモンキーズの中で、彼だけはマトモに弾けたそうです)にカブレて、彼のトレードマークである毛糸の帽子を真似してカブってその気になったりしておりましたよ。

(掲載4枚目の写真は、ジャケットに挟んであった1967年当時の『ミュージックライフ』のグラビア切り抜きです。)

今では周知の事実ですが、モンキーズは周到なプロダクト・システムによって、チャートNo.1の人気バンドを最初から狙い、歌う曲、バックで演奏するミュージシャン、主演するテレビ番組などすべて用意した後、オーディションでメンバーを集めた、完全に「作られた」バンドでした。ルックス等アイドル的な面を重視して、音楽の実力は二の次でしたので、テレビ番組が終了すると人気が急降下していったのは仕方ありません。うちの地元ではハナから、テレビ番組(ザ・モンキーズ・ショー)は放映されていませんでしたが、私も5枚目シングル「デイドリーム(ビリーバー)」(現在ではモンキーズといえばこの曲)を境にして、急速に関心を失っていきました。

そういうわけで、上京選抜メンバーからも漏れてしまったため処分を免れ、モンキーズのレコードは現在も私の手元に残っているのです。このことになんかウンメイのキビみたいなものを感じて、つい冒頭のような村芝居ストーリーを思い浮かべてしまうというわけなのです。禍福はあざなえる縄のごとし、というか、幸不幸がある出来事により一瞬にして逆転する。世の中の控えメンバーだったり継子だったりの人生も、結果良かったことになるかもしれない、なんて思えませんか。え、思えない? そうですよねえ。(いったいどっちじゃ)。

そりゃ、処分してしまった1軍のレコードのほうがいいに決まってますけど、こうして生き残ったモンキーズのシングル盤も、ほんとうに何十年ぶりに聴いてみると、なかなか味わい深いものがあります。この他の地元残留レコードの中には、ドアーズやジェファーソン・エアプレインなど人気・実力を兼ね備えたバンドもありますから、そう悲観することはありませんよ(誰を慰めているんだ)。

今回は、所蔵シングル盤のウンメイから人生に思いをはせるという、タイトルに反した「深い」内容でした。え、やっぱり浅い? そうですようねえ。


フィービ・スノウのこと

Category : 1970年代/音楽
先日の松本前復興担当相の辞任記者会見で、カズオ・イシグロと並んで唐突に名を挙げられたフィービ・スノウ。「誰?それ」という疑問と、「え、彼女亡くなってたの」という驚きとの2種類の反応で、ここ数日彼女の名がネット上を多く飛び交ったようです。私の反応はもちろん後者。

私は、いずれ自分でコピー(演奏)したい気に入りの曲を集めたCDを作っていて、それに「師匠」というタイトルを付け、車での移動中によく聴きます。この中にフィービ・スノウの『GOOD TIMES』が入っていますので、彼女は私にはお馴染みの師匠なのです。彼女が弾くこの曲のイントロのブルースのお手本のようなギターフレーズが、めっちゃカッコ良いんです(ファースト・アルバム『サンフランシスコ・ベイ・ブルース ブルースの妖精/フィービ・スノウ』に収録)。

フィービ・スノウ/ファースト


でも、最近の彼女の動向はまったく知りませんでした。バカタレ大臣の発言がきっかけで、その後の彼女をいろいろ知ることができたのですから、彼には感謝しなくてはならないかも。



   LA_times.jpg

このことで少し気がかりなことがあったのですが、日本のメディアのフィービ・スノウ死亡記事はあまり詳細ではなく、あちこち検索していてたどり着いたのが、『ロサンジェルス・タイムス』の追悼ページ。彼女の地元の、こっちで言ったら『高知新聞』みたいなとこの記事ですから詳しいことが書いてありそうだったので、乏しい英語力で2時間くらいかけて読みました。しかし、解らないところはトバし読みしましたので、だいたいのことしか知ることができませんでした、ハイ。

気がかりなことというのは、ヴァレリーという彼女の娘さんのこと。ヴァレリーは重度の脳障害を持って生まれ、フィービは娘さんの介護のこともあって、芸能界の表舞台から遠ざかっていたということです。フィービが亡くなって、ヴァレリーはどうなったんだろう、というのが気になったのですが、同紙には彼女もまた2007年に亡くなっていることが書かれていました。
介護は31年間に及び、娘さんの死の数ヵ月後に彼女は歌手活動を再開しますが、そのわずか2年後に脳出血で倒れてしまいます。悲しい話ですね。結果的には娘さんが先に死んだことは良かった、と言えばいいのか。重度の障害者の娘さんを残してだと、死んでも死に切れないでしょうから……。「ブラックホールのような」暮らしのなかで、お互いは「ベスト・フレンド」だったと彼女は語っていて、力の限り娘さんに寄り添い支えた、愛ある生き様が偲ばれます。

そして記事は、彼女が夫と離婚して、ジュリアという人の妹?として生きてきた、という1行で締めくくられています。

でも記事は暗い話ばかりではなく、若い頃の彼女は「女ジミ・ヘンドリックス」になりたくて、彼のコンサートに通いつめて奏法を学ぼうとしたが、結局スーパーギタリストにはなれそうもないと諦めた、などというニヤリとさせられるエピソードも載っています。



フィービ・スノウ/雪模様

1976年頃のある日、東京下北沢の喫茶店で、ビートルズ『ドント・レット・ミー・ダウン』の女性によるカバ・ーバージョンが流れてきました。静かなポップ・バラード調で始まったかと思うと、突然ド迫力のゴスペル・コーラス風に転じ、その次はレゲエ風に変わる、という遊び心のあるアレンジなんですが、これがまたえらくカッコよくて、店の人に誰が歌っているかを尋ねたところ、フィービ・スノウだよ、と答えてくれました。エエー!俺の大好きな『GOOD TIMES』のフィービが歌っていたのかということで、その後すぐこの曲が入ったアルバム『雪模様』を買いました。

フィービ・スノウ/雪模様ウラ

これはジャケットの裏。当時は気づかなかったというか、知る由もなかったのですが、彼女と一緒に写っているのが娘さんのヴァレリーだったんですね。写真の下に小さく「夫とヴァレリーと友人に捧げます」という献辞が載せられているのが、今となっては切ない。

そうだったのか……。35年の時を経て初めて知る彼女の人生は、胸に迫るものがあります。

今夜はフィービの2枚のアルバムをアナログで聴きながら、しんみりとお酒でも飲もうか。
いや思い切り楽しいひと時にしよう、この歌のように。

  ♪さあ、みんな、ここに集まって
   良き時代を楽しもうよ
   私たちの魂を和らげるのには
   ここがとにかく最高なのさ
   ここではなにもかもが素敵―― 一晩中
                     (『GOOD TIMES』山本安見訳)



電脳店員はルーツ・ミュージックの夢を見るか

Category : 2000年代/音楽
久しぶりに、ピッカピカの新譜CDを買いました。

私が買ったり借りたりするのは、たいてい1970年代までのアナログレコードをCD化した再発売もので、コンテンポラリーな新譜はめったにありません。今回買ったのは、現在の旬のミュージシャンのものですが、内容はやはりコンテンポラリーとはいきませんでした。
ちなみに、ここ3カ月でWALKMANに入れたミュージシャンはというと、ザ・バンド、リンダ・ロンシュタット、キャロル・キング、トム・ウェイツ、ポール・バターフィールド・ブルース・バンド、ルイ・アームストロング、細野晴臣、リッキー・リー・ジョーンズ、フランク・ザッパ、トッド・ラングレン、などなど。
いやあ呆れるほど徹底して後ろ向きな姿勢ですね。私は、もー音楽は70年代までがあれば後はいらない、俺は60~70年代を二度生きるんだ、なんて言ってますから。実際は、時代に置いて行かれて、80年代以降の音楽に疎いだけですけど。

このたび購入したのは、ロンサム・ストリングス&中村まり『フォークロア・セッション』、そしてテデスキ・トラックス・バンド『レヴェレイター』。買ってから気づいたのですが、この2枚、とてもコンセプトが似ています。両方とも、ルーツ・ミュージックに根差した音楽を作り歌い弾き語る女性と、男性ギタリスト(バンド)の共演初アルバムなのです。


ロンサム・ストリングス&中村まり

中村まりの存在は、昨年の正月に帰省していた我が娘に教えてもらいました。iPodで聴かされ、最初の『A Brand New Day』という曲イッパツで気に入りました。ド真ん中のストライクというやつですね。その1時間後にはアルバム2枚をAmazonに注文していました。
ステファン・グロスマンを範とする端正なカントリー・ブルース系フィンガー・ピッキングでアコースティックギターを弾き、オリジナルの英語詞をきれいな発音で、ルーツ・ミュージックのフレイバーあふれるメロディーに乗せて歌うのですから、もうタマリマセン。

今回のアルバムはタイトルからも察せられるように、アメリカの古い楽曲のカバーを中心としたアルバムです。ロンサム・ストリングスは、ギターの桜井芳樹始め、ペダル・スティール、バンジョー、ウッド・ベースの各楽器奏者が皆一流のセッション・ミュージシャン揃いで(レゲエのオジサンみたいな人がいると思ったら、映画『タカダワタル的』のハイライトであるスズナリ・ライブでのベーシスト松永氏でした)、その手練れたちが奏でる弦楽器の調べの心地いいことといったら。それに中村まりの透明感のある歌声が乗るのですから、ホント、最高のGOOD TIME MUSICぜよ!


テデスキ・トラックス・バンド

スーザン・テデスキとデレク・トラックスは以前から気になっていたミュージシャンで、その二人がバンドを結成したというので、一粒で二度オイシイ的なアルバムとして買ってしまいました。二人が夫婦だということも知らなかったし、デレクが、ジョン・フルシアンテ、ジョン・メイヤーと並んで、現代の三大ギタリストと呼ばれていることも知らなかったのですが。
ブルーグラスやカントリー系の軽快な『フォークロア・セッション』とは対照的に、こちらは、デュアン・オールマンやローウェル・ジョージを彷彿とさせるうねりのあるデレクのエレクトリック・スライド・ギターに、コシのあるスーザンの歌唱、大所帯バンドの分厚く太いサウンドが絡んで、大きな手が心の凝りをほぐしてくれてる感じ。70年代アメリカ南部のブルース・ロックの香りがいっぱいで、このCDをかけているときに帰宅したカミさんも、すぐ、「これ、えいねえー」と気に入った様子でした。男女を問わずアラカン世代をトリコにする憎いバンドです。よっ!年寄りゴロシ!


ここからが本題。モンダイは、私がこれら2枚のアルバムを買うに至った直接のきっかけは何かということなんです。

それは、コンピュータに何度も勧められたから!!

経験のある方も多いと思うのですが、Amazonから届く自動配信メールや、Amazonを開いたときに掲示される「あなたへのおすすめ」、これが、こちらの心が読まれているんじゃないかと疑いたくなるくらい、自分好みのラインナップになっているんですね。「お前、こんなんが好きじゃろ、隠してもお見通しじゃ、ウリウリ」みたいに並べてくる商品が、ホント的を得たものばかり。これらのシゴトがぜんぶコンピュータによる自動処理だろうということがコワイ。機械が腕こきのいわば電脳店員として、客のツボを押さえた商品提示をドンドンしてくるのですね。ジャンルとかカテゴリーとかキーワードの設定とか、各商品に関する分析というか、よくわかりませんがプログラムが優れているんでしょうねえ。

 『フォークロア・セッション』と『レヴェレイター』は、最初から最後までAmazonの手のひらの上で転がされて購入したものです。新譜発売の案内から試聴そして購入まで、他のメディアの情報には全く依ることなくAmazonのみで完結しました。

恐るべし、Amazonのネット販売プログラム! でも、そう何度も機械の言いなりにはならないぞ。いや、なるかも。



プロフィール

Author:オジイ川端

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