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日は昇り日は沈み、クロディーヌおねえさまは……。

Category : 1960年代/音楽
前回に続き、ストーンズ関連というか、ストーンズきっかけネタです。

年末にローリング・ストーンズ『女たち(デラックス・エディション)』を買いました。前々回書いたように、私は成人してからはストーンズをほとんど聴いていなかったくらいで、熱心なファンではありませんから、買うならオリジナル・バージョンで十分なのですが、未発表発掘音源が多数収録されたデラックス・エディションを買ってしまったのは、この「オマケ」のなかに気になる曲が含まれていたからです。

その曲は『クロディーヌ』。私が少年期の愛聴曲『サンライズ・サンセット』の歌手であるクロディーヌ・ロンジェのことを歌った曲です。

クロディーヌ・ロンジェ

ロックではないし全米チャートの上位に入ったわけではないこのレコードを、なんで買ったのかさっぱり思い出せませんが、買ってからはけっこう繰り返し聴きました。考えてみると、私は「時は過ぎ、幼かった子どもが、はや大人になった、人生、感ありだなあ」みたいなテーマが好きなようです。『ケセラセラ』とか『サークルゲーム』の歌詞が妙に気に入っていますし、このブログのテーマも、まあそのようなもんともいえます。

  ♪抱っこしていた小さな娘
   遊び回っていた小さな少年

   いつのまに彼女は美しくなった?
   いつのまに彼はこんなに背が高くなった?

   日は昇り、日は沈み
   年月は速く飛び去ってゆく
   季節は巡る
   幸せと涙をのせて

こんな感じの歌詞。1964年に初演のブロードウェイ・ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の挿入歌だそうですから、クロディーヌ・ロンジェのバージョンは、今ではスタンダード化したこの曲のかなり早い時期のカバーということになります。
ジャケットのポーズからも想像できるようにクロディーヌは、ブリッ子風というか清純派というか、歌い方も「ささやき声(ウィスパ^・ヴォイス)」で、私は知らなかったのですが「ウィスパー・ヴォイスの女王」と呼ばれていたそうです。少年は、オネエサマに耳元で囁かれるのにヨワイんです。


月日は流れ、クロディーヌ・ロンジェのことも何十年も忘れていましたが、昨年末『女たち』を特集した雑誌を読んでいたら、ストーンズが彼女のことを歌った曲が収録されている、と書いてあるじゃありませんか。そして、そこには後のクロディーヌについての衝撃の事実が……。

ストーンズの歌は--

  ♪クロディーヌは刑務所へ逆戻り
   週末になるとしでかす クロディーヌ

   彼女は彼を撃った
   頭に一発 胸に一発
   判事の裁定は事故だった
   事故なら仕方ない そうだよな クロディーヌ

1978年に恋人を撃ち殺したクロディーヌのことを歌ったロケンロールなのでした。

彼女は、彼氏に銃の扱いを教えてもらっている最中に起こった暴発事故だったと主張しました。しかし、銃はかなり離れた距離から2発撃たれており、暴発とは考えにくい状況だったそうです。しかし、そこは陪審員制度の国アメリカです。敏腕弁護士が陪審員の同情を引くあの手この手を使い、みごと禁固ン十日という温情判決を引き出しました。素晴らしい。かの国ではこんなことがよくありますよねえ。劇場型法廷では彼女が好感度の高い国民的大歌手アンディ・ウィリアムスの元妻で、清楚な雰囲気の美人だったことが大いなる利点となったのは間違いないでしょう。その後、彼女は地獄の一歩手前で救い出してくれた敏腕弁護士と結婚し、幸せに(かどうか知りませんが)暮らしているそうです……。


まさにサンライズ・サンセット。月日は巡り、ささやき声のオネエサマも殺人(いや過失致死)者になりました、という強烈なオチ。

ほんと、数週間前に知ったキツイ事実でした。





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つい盗みたくなる、それがライ・クーダー。

Category : 1970年代/音楽
明けましておめでとうございます。

本年も、ぽつりぽつりと、独善的な文章を書き連ねていきたいと思います。徒然な折りにでもお読みくださいませ。



RY COODER_pull up some dust and sit down


毎年、元旦ジョギングしながらウォークマンで聴くBGMが音楽聴き初め。今年初の音楽はライ・クーダーの最新アルバム『プル・アップ・サム・ダスト・アンド・シット・ダウン』。昨年秋に買ったまま、聴かずに放ってあったもの。レンタルじゃないからいつでも聴けるし、みたいなことで何となく後回しにしていましたが、昨年末ストーンズの初期名作3枚を聴いていて(前回ブログ)、そうだライ・クーダー聴かなくちゃ、と思い出したのです。

なんでストーンズでライ・クーダーを思い出すのかは後述するとして、このアルバムは良い!五つ星です。ど真ん中ストライクです。1曲目から懐かしいルーツ・ミュージック・テイスト濃いめのライ・クーダー節全開で、ジョギングの足の運びも軽やかになる楽しさです。ライ・クーダー個人名義の新作アルバムを聴くのは実に三十数年ぶりなので、なんか小難しくなってたらイヤだなあと心配していたのですが、それはまったくの杞憂で、ムカシと変わらず、とぼけていて暖かく懐かしい伝統に根差した芯の太い音を聴かせてくれるのでした。

オレは日本人なのに、何でアメリカの古い音楽がこんなに心に染み入るがやろ、日本の演歌や民謡にはあまり心を動かされんのに、そうじゃ、前世のオレは戦前のアメリカのシェア・クロッパーか白人炭坑夫だったに違いない、なんて思うほど、私には古いブルースやカントリー音楽がしっくりときます。ジャズやシティ・ブルースよりは、アパラチア系白人伝承音楽や南部カントリーブルースに惹かれるところが、前世はボンビー(古い言い方!)な田舎の下層米国人だったと想像する所以。

私とは比較になりませんが、ライ・クーダーは、そんな古い音楽を大好きになった人で、デビュー作からずっと、不況時代とかの古いフォークソングやブルースを発掘して、独特の解釈、アレンジで現代に蘇らせ続けてきました。当初はアメリカ音楽が中心でしたが、その後、メキシコやハワイ、キューバ、さらには沖縄音楽と、そのルーツ志向は世界的広がりを見せるようになり、最新作では、それらを融合したオリジナル曲で独特のライ・クーダー・ワールドを構築しています。それぞれの地域・時代の音楽への愛にあふれた真摯な音づくりが、高い評価を得ています。

そんな彼とよく引比較されるのが、ポール・サイモン。彼も早くから南米やカリブ海そしてアフリカの伝承音楽とそのリズムに目を向けてきた人ですが、彼には、自分の利益ために世界の貴重な音楽遺産を食い物にしている、というような悪い評価がついてまわります。かつては、大国による文化侵略になぞらえられたりもしたようです。私自身はポール・サイモンかなり好きです。セカンド・ソロアルバム『ひとりごと』に入っているニューオリンズへのオマージュ『夢のマルディグラ』などは、いつ聴いてもゾクゾクするくらいいい曲です。けど、そんな評判に足を引っ張られますね。

ポール・サイモンのことはまたの機会においといて、ライ・クーダーでした。

ライクーダー登場

ライクーダー登場ウラ

1970年のファースト・アルバム。エレクトリック&アコースティック・スライド・ギター、フィンガー・ピッキング、マンドリンと、現在聴くことのできる彼のギタースタイルが、この時既に完成形で出揃っています。伝説的ラグタイム・ギタリストのブラインド・ブレイクの名も彼のカバーで初めて知りました。そして、今ではよく知られていますが、当時の日本のロック愛好家の多くはこのアルバムの解説で初めて知ったんじゃないかと思われる面白いエピソード。

それは、ローリング・ストーンズの超名曲『ホンキイ・トンク・ウィメン』の、あの有名なイントロギター・フレーズ、いつ聴いてもシビレますが、あれはライ・クーダーのフレーズを、そっくりそのままキース・リチャード(現リチャーズ)が盗んものだったというお話。

ホンキイ・シングル盤

1969年、ライはストーンズのアルバム『レット・イット・ブリード』のレコーディングに招かれます。スタジオに行ってみると、アレンジ等の準備はほとんどできていず、ストーンズのメンバーはただダラダラと過ごしていたそうです。ライは求めに応じて、様々なギターフレーズを弾いてみせ、それが録音されました。その中に、件の『ホンキイ~』のセッションがあり、そこで彼はあの名高いフレーズを弾きます。ところが曲が完成してみると、ライではなくキースがそのフレーズをそのまま弾いており、ギタリストであるライの名前はどこにも出てこず、わずかに他の曲のマンドリン奏者としてクレジットされただけでした。完全にフレーズを盗まれたライは怒り、訴訟を起こそうとしたほどだったようです。

ライのファーストアルバムの時点では、この件は解決していなかったとみえ、解説に彼の怒りの暴露発言が載っているのですが、その後1972年に、ストーンズ側がライの参加したセッションをアルバム『ジャミング・ウィズ・エドワード』として発売し、印税をライに支払うことで、決着したようです。

まあ、キースとしては、フレーズが出てこず煮詰まっているところへ、聴いたことのないとびきりユニークなフレーズをライが弾いたモンだから、思わず飛びついてしまったのでしょう。オレは天下のキースだけど、奴は無名の若造ギタリストだから、何か言ってきても、オレがフレーズ盗んだなんて誰も信じまい、と思ったのかもしれません。

しかし、論より証拠。ライのファーストアルバムを聴くと、そこには明らかにライの血肉となっているのが間違いないギターフレーズがてんこ盛りで、それらは『ホンキイ・トンク・ウィメン』の独特のノリを感じさせるものでした。そりゃ、ライの言っていることが真実だと、誰もが納得せざるを得ません。

ということで、デビュー前から、キースに盗まれるほどの腕を持っていたギタリスト、ライ・クーダー。その後、味わい深いアルバムを次々と創り、90年代にキューバのミュージシャンを発掘し共演した『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』で、世界的に有名な存在となります。しかし、ビッグ・スターになっても変わることなくお気に入りのマイナーな音楽をお気に入りのミュージシャンとともに演奏するという地味なスタイルを続けているのが、彼の素晴らしいところですねえ。

私は数年前、地元では彼の知名度があまり高くないことをいいことに、彼の沖縄ソング『ゴーイング・バック・ツー・オキナワ』に日本語詞をつけ、『すさきへ帰ろう』という題名で、自分のオリジナル曲のように歌っていたことを告白したところで、本日のオチとさせていただきます。失礼しましたー。










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