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Now I'm sixty-fourは歌にはならんな

Category : 1960年代/音楽

When I get older losing my hair
Many years from now
Will you still be sending me a valentine
Birthday greetings, bottle of wine?
If I'd been out till quarter to three
Would you lock the door?
Will you still need me, will you still feed me
When I'm sixty-four?

この歌を聴くたびに思うのは、作者のポール・マッカートニーは、作った当時、64歳になった自分をリアルに想像できていたのか、ということです。リアルというのはちょっと違うな。トータルにというべきか。まあ、「ともに白髪の生えるまで」みたいな類型的な理想夫婦像を歌ったポップ・ソングに、ちゃんと老後を想像していたのか、なんて問うのは野暮ですが、つい思ってしまうのですね。

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The Beatlesのアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に収録の「When I'm sixty-four」。録音されたのは1966年、ポール24歳のときでした。『Sgt. Pepper's ~』は、ポップス史上初のコンセプト・アルバムと言われています。この年からライブ活動を止めてしまったビートルズ。
そこでポールが「その代わりといっちゃなんだが、架空のバンドが観客の前でショーを行うという構成のアルバムを作ろうよ」と、いかにもポールが言いそうなことを言いだしたとかで、制作が始まりました。ジョンは「えー、何それ、ダサイじゃん。やる気起きねーなーオレ」と、いかにもジョンが言いそうなことを言ったかどうかはわからない。このアルバムにジョン作品が少ないという点からきた私の妄想です。

で、アルバムコンセプトに合うと思ってか、ポールが十代の頃作っていた曲を引っ張り出してリニューアルし、このプロジェクトの初めの方で、チャチャッと2テイクくらいで録音したのが『ウェン・アイム・シックスティ・フォー』。クラリネットを入れたりの古き良き時代のミュージックホール的なアレンジは、この半年前に英国で大ヒットしたキンクスの『サニー・アフターヌーン』の影響もあるかな。

『サージェント・ペッパーズ~』は、リアルタイムではなく、5年くらい遅れて70年代前半に買ったのですが、その頃には既に絶対的名盤の評価が確立していたと記憶しています。しかし私にはあまりピンとこなかったな。ビートルズの他のアルバムに比べ、際立った曲が少ないという印象でした。『~シックスティ・フォー』も、私の中では、洒落てはいるけど地味などうでもいい小品、以上の位置ではなかったように思います、当時は。

それが、歳をとってふと気づくと、妙にお気に入りの曲になっていたのだな、これが。

若い頃は、ビートルズのなかでは絶対的ジョン・レノン派でした。繊細さと粗暴さがない交ぜになった、無防備で傷つきやすい人間像とその楽曲は、同じように不安定な青春期の人間にとっては、やはり魅力的です。折しも1970年前後。学生運動の高揚と急速な退潮に象徴される挫折感は、当時の若者には親しいものでした。ジョンはそんな時代に積極的に関わったヒーローでした。様々なメディアへの露出、発言や活動も、他メンバーに比べ突出していて、音楽以外の、社会・政治方面でのジョンに関する情報量も多かったな。その当時からすでに、時代に翻弄され気味のジョンの危うさ、みたいなものは伝わってきました。そこが痛々しくてまた魅力だったのです。

ポールはというと、どうしてもジョンの対極に置いてしまうのは仕方ないわけで、70年当時は、公開されたばかりの記録映画『レット・イット・ビー』での、お節介で仕切り過剰のウザいポールの姿が、強い印象を与えた時期で、ビートルズ解散の元凶と見なされていたところへ、2作の隠居的アルバム(『マッカートニー』『ラム』)を発表して、セールスは好調だったものの、進歩派・社会派(=ジョン好き)からの評価は、酷いものでした。甘めのポップソングばかりのポールは、私にも不要の存在でしたね。

それから幾星霜。50歳も過ぎて、遅ればせながら分別も少しつき、正義だけでは立ちゆかない世の中のほろ苦さも身に沁みだしたころ、なんか次第にポールのことが好きになってきたのです。その頃になるとビートルズ研究が進み、解散前後の事情を知ることができる資料も豊富になって、(バンド存続のため彼が心を砕いて努力したことなど)、ポールをきちんと評価できる環境が整ったこともあります。お節介、牽引役、めんどくさい嫌われるところを引き受ける彼のような人は世の中には必要なんだ、と解る年頃になったということです。え、遅すぎ?

そんな頃、『ウェン・アイム・シックスティ・フォー』を聴き直して、なんともキュートな曲やん、オレも歌いたいな、と思い、日本語詞をつけました。ポールが64歳になった頃です。冒頭に掲げた部分は次のようにしました。日本語と英語の音数の違いで、内容が半分くらいしか盛り込めない(笑)。

いまからうんと時は過ぎて ぼくがジイさんになり
髪の毛も全部 抜けてしまっても
バレンタインの贈り物 君はくれるかな
64歳のぼくを 愛してくれるかな

これを知った我が娘は、「ポールとお父さんの30年目の和解やねえ」と言いました(笑)。

ここで最初の問い、本当にポールは64歳の自分を思い描けていたか、になるのです。
答えは、「ノー」やろうなあ。64歳になっても現役のロックンローラーで、老骨に鞭打ってツアーを回っているなんて、24歳の時には想像できないし、当時のロックの基準からすればあり得ないことやしね。やはりジジイはそれなりに枯れて、穏やかなリタイア生活をしているものだと漠然と思うものです。でも、実際の64歳は……。
ちょうど64歳でポールが妻と離婚した、なんて歌を裏切る皮肉な話題も沁みますね。

シマラナイままオチの時間となりました。ポールの64歳、なんてどうでもいいことが特に気になるのは、私が3日前に64歳になって、こんなハズじゃなかったぞと焦ったから、というのが、オチないオチ。こんなとはなんなんだ、どんなならよかったんだ、というツッコミについては、ぼちぼち考えます。本年も宜しくお願いします。













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