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国分寺からカルフォルニアの青い空は見えなかった

Category : 1970年代/音楽
東京に行って時間ができると、時々思い出の場所を訪ねたりする。センチメンタル・ジャーニーというやつです。先日の上京の際には、宿を昔住んでいた国分寺にとり、ゆっくりと青春時代の思い出に浸りました。

国分寺には特別な思いがあります。それまで住んでいた横浜の新聞店の寮を出て、初めてほんとの独り暮らしを開始したのが国分寺だったというのが第一ですが、その他にも二つほどのささやかな理由があります。

ひとつは、愚息が独り暮らしを始めた街も、偶然、国分寺だったということです。それも、新聞店の寮を出て国分寺へというルートまで同じ。私の真似をしているのかと思い訊いてみると、私が昔国分寺に住んでいたことなど知らなかった、とのこと。広大な東京の、ほんっとたくさんある街の中で、国分寺というマイナーなマチを、30年の時をまたいで親子が共に、自立の第一歩の地に選んだという、極私的で不思議な偶然が起きました。

もうひとつは、身内でもなんでもない、世界のムラカミさんにかかわる偶然。あの村上春樹のことです。といっても、彼が学生結婚してジャズ喫茶「ピーターキャット」を開いた街が国分寺だったというだけのことなのですが、引っ越してきたのが、ちょうど私と同じ73年らしいとなれば、村上ファンとしてはタマラナイ話じゃございませんか(開店は翌74年とのこと)。
私は当時、カッコつけてジャズ喫茶巡りなどをしていたので、その頃地元の「ピーターキャット」の存在に気づいていたら必ず聴きに行ったはずです。店のあった近辺には何度か足を運んだことがあったのですが、目立たないビルの地下にあったというその店には、ついに気付かずじまいでした。作家デビュー前の村上春樹に会ったことがあるという、凄い体験をした人間に、あと一歩のところでなり損ねた不運な私なのでした。まあそんなこと、当時は知る由もないのですが。

ムラカミショックよりははるかにランクが落ちますが、オマケとしてもうひとつ。国分寺駅からピーターキャットに向かう途中に国分寺書店という古本屋がありました。この店のほうには時々カオを出していたのですが、数年後に椎名誠のデビュー作『さらば国分寺書店のオババ』で有名になります。描かれているのは実際の国分寺書店とはあまり重ならないフィクションのようですが。


そんな私的歴史の詰まった国分寺の街を、雨の中歩いてきました。アパートを仲介してもらった不動産屋さんや通っていた散髪屋さんは、代替わりはしているでしょうがまだ営業しています。銭湯はサウナとコインランドリーに商売替えか。と歩いていくと、あれっ、ない。住んでいたアパートのあった場所が駐車場になっていました。5年前に来たときにはマンションとして残っていたのに。駐車場の名前がアパートと同じ名前なので、持主は変わってないのでしょうが、建物がなくなったのは残念だなあ。しかたないか、東京で40年も昔の面影を保つというのは無理だもんね。

そうそう、忘れるところでしたが、アパートの前の狭い道路は、確かあの有名な「三億円事件」の逃走経路となったと思われる道なのでした。アパート前の道路を1kmほど西へ行くと武蔵国分寺史跡がありますが、盗まれた現金輸送車がそこに乗り捨てられていたのでした。私が引っ越してくる5年ほど前のことです。

前々回の日記にも書きましたが、この頃はほんとに孤独でした。まだ知り合いもいなくて、バイトにありつけない期間は部屋にこもって本ばかり読んでいました。あるときふと歌をハミングすると、自分が声を出したのが3日ぶりだということにハッと気付き、その瞬間に孤独が身に沁みたりしました。尾崎放哉の句(「咳をしても一人」)の心境ですね。

そのとき何をハミングしたか覚えていませんが、たぶんこのような曲だったんではと思います。


カルフォルニアの青い空/Aハモンド

うつろな愛/カーリーサイモン


アルバート・ハモンド『カルフォルニアの青い空』とカーリー・サイモン『うつろな愛』。当時ラジオからよく流れていたこの2曲がとても気に入り、これらがかかるとトランジスタラジオのスピーカーを耳にピッタリくっつけて聴き入ったものです(こうするとステレオで聴いているように迫力ある音になるのです)。音楽を聴く機器はトランジスタラジオしか持っていませんでした。

私の中ではこの2曲がずっとセットになっています。ヒットしたのが同時期で、曲調もとてもよく似ていました。どちらも当時の代表的な爽やかなウェスト・コースト・サウンドで、孤独な魂を癒し元気づけてくれるように感じたものです。歌詞の内容はそんな元気づけるようなもんじゃないみたいですが、英語が解らないから気になりませんでした。

この日記を書くために訳詞を読んでみたら、『うつろな愛』は、「あんたは、釣った魚にはエサをやらない男なのね」みたいなモテ男への恨み節で、想定内の内容でしたが、『カルフォルニアの青い空』のほうは、抱いていたイメージとは異なった歌詞で、それが当時の私の生活と重なるところのある身につまされる内容だったのには、ちょっと驚きました。

 ♪仕事にあぶれて, 気が変になって,
  自尊心もなくなって, 食いっぱぐれて,
  愛され度ゼロ。 満腹度ゼロ。 家に帰りたいよ。
  南カリフォルニアでは雨が降らない。
  でも, ねえ君, 注意しなくちゃね
  降ったら土砂降り そうさ 土砂降りなんだ。

  故郷の両親にはボクはもうちょっとで成功するとこだったて言ってくれないか。
  いろいろ話はあったけどどれに乗ったらいいかわからなかったんだ。
  両親には言わないでくれないか,ボクがどんな様子だったかは。
  勘弁してくれよ 頼むよ。

  (訳詩は『なつメロ英語』サイトより転載させていただきました。 訳:HideS)

ね、セツナイ歌詞でしょう。両親には自分の暮らしを知られたくないというところなどにウナヅク人は多いんじゃないでしょうか。

そんなこんなで、暮らしたのは、わずか2年でしたが、年が経つにつれ、私にとってその存在が大きくなってゆく不思議な街、それが国分寺なのです。私の在住期間を超え7年ほど国分寺周辺に住んでいる愚息は、遠い将来どんなふうにこの街を思い出すだろう。そんなことをふと思う、まさにセンチメンタル・ジャーニーでした。


追記:この日記に掲載するレコードジャケットは、原則として、自分が買ったり借りたりして、手に取ったことのあるものに限っているのですが、この当時はレコードプレイヤーを所有していなかったので、上記2枚のレコードに限っては手に取ったことがありません。カーリー・サイモンのは胸のポチッがオトコどものあいだで随分話題になっていたことを、後に知りました。
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