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北原謙二 ~My はじレコ~

Category : 1960年代/音楽
思い出を辿ってみると、小さい頃から、自分が一番好きになるのは、世間の一番人気の人やものではなく、二番目以下、だいたい中堅どころというのが多かった。判官びいきといえば聞こえはいいが、どうなんだろう。競争が激しいところはハナから避けるという逃げの姿勢かも知れないし、行列のできる美味しい店より不味くてもすいてる店がメンドクサクなくていいみたいな覇気のなさのあらわれかもしれないし、とにかく気がついたらそんな選択してるんだから仕方ないでしょ!フンッ!みたいな。
音楽はじめ様々な趣味のヒイキの方向性に、そんな性癖が反映されているように思います、というようなことなんかも折にふれ書いてみたいな、と思ったりする今日この頃です。くどい文章やなあ。

音楽に目覚めたのは昭和39・40年(1964・1965年)くらいだったろうか。東京オリンピックの前後ですね。
テレビが一般家庭に急速に普及し、歌番組を通じて青春歌謡が全盛期を迎えようとしていた時期で、テレビ歌謡曲番組がいくつもありました。レコード会社別の番組まであったもんね。その頃なんといっても人気が高かったのは、御三家と呼ばれる橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦でした。まあ彼等の曲もそこそこ気に入り、いまでも歌詞を覚えていて歌える曲が多いのですが、レコードを買うまでには到りませんでした。

当時、私がいちばんヒイキにして、たぶん生まれて初めてレコードを買った歌手は北原謙二という人でした。
カントリー&ウェスタン出身で、「北風」というカントリーの有名曲のカバーもあり、カントリー音楽特有の鼻にかかった高音ボイスと節回しが、他の歌手とは一線を画していました。

北原謙二/北風

背も高くなく、どっちかというとズングリした体型で、青春歌手としては地味だったなあ。そこに親しみを感じたのかも。「北風」は1番は日本語、2番は英語で歌われるのですが、歌詞カードの英語にすべてカタカナのルビを振ってくれてたのが笑えました。北原謙二の発音も思いっきりカタカナだったし。
  ♪ウェラ ワンサイ メール プリリル ガール シー ウェル フェー ツーシ~♪ 
という英語詞の歌い出しを45年経った今でも覚えています。え、意味わかんない? そうですよねえ。僕の耳にはこう聞こえたというソラミミ歌詞なんで。歌詞カードはもっと単語に忠実なカタカナ振り仮名だったと思います。日本語詞は、
  えくぼのかわいい娘(こ)だったが
  北風が連れていっちゃった
  今ではあの娘を呼んだとて
  冷たい北風吹くばかり

中1の頃、クラスの決めごとに違反したらホームルームで歌を歌う罰ゲームがあって、そんなとき北原謙二のシングルのB面曲を歌ったりして、バカでした。誰も知らんわい、そんな曲。

北原謙二/ふるさとの

「ふるさとのはなしをしよう」。この曲はたしか、「クレハ・ホームソング」というラジオ番組でアマチュアから募集した詞に曲をつけたもので、恋だ愛だの定番的ナンパ世界ではなく、いつまでも心にとどめておきたい故郷の風景を描いた、美しい内容の詞にとても惹かれました。

  砂山にさわぐ潮風
  かつお船入る浜辺の
  夕焼けが海をいろどる
  君が知らないぼくのふるさと
  ふるさとのはなしをしよう

生真面目で純情な少年だった僕、13歳。ビートルズという名前を初めて聞いて、いっきに洋楽になだれ込む前夜の時代のことでした。そういえば色気づく年齢だとゆーのに女性歌手のこととか出てこなかったなあ。これについては次回に書こうっと。


(今回は、日記開始を記念して記憶に挑戦!ということで、敢えて資料を確かめることなどはせず、思い出だけをたよりに書いてみたので、マチガイはいろいろあると思いマス。次からは少しは調べて書きマス。)
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