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可愛いから歌がド下手だっていいんだ内藤洋子様!

Category : 1960年代/音楽
中学生になると新聞配達を始めて、そのバイ代でセッセっとレコードを買うようになったのですが、なぜか女性歌手の盤を買ったことはほとんどありませんでした。歌謡曲全盛の時代でしたから、テレビからは毎日のように女性歌手が、
  ♪あなたが噛んだ 小指が痛い
   きのうの夜の 小指が痛い
とか、
  ♪夕べのことは もう聞かないで
   あなたにあげた 私の秘密
なんて歌いかけてきて、このお姉さんたちが前夜何をしたのか妄想したりもするのですが、色気づいてはいても想像力が足りないアホな頭には、大人の歌の世界はあまり入ってきませんでした。そのかわりに魅かれたのが青春映画女優たちでした。

映画は視覚から大脳にストレートに伝わってくるから、単純な中坊には最適のメディアでして、とてもハマりましたとも。新聞肺配達でヒトケの無い早朝の街を通るのをいいことに、映画の宣伝ポスターをちょくちょく盗みましたとも。なかでも必ずゲットするよう心がけて?いたのは内藤洋子のものでした。内藤洋子! ああ、土佐の田舎町の洟垂れ小僧の脳内をお花畑にした彼女こそが、アイドル歌手の元祖ではないか、というのが私見であります。

60年代から「アイドル」という言葉はありました。広く知られるようになったのは63年にシルビー・バルタンの「アイドルをさがせ」という曲が日本で大ヒットしてからといわれています。ビートルズの主演映画二作目も「4人はアイドル」という邦題がつけられていましたねえ。これらの例からも窺えるように、60年代頃まではアイドルは「外国の青春スターについて使われる言葉」(Wikipediaより)だったようです。それが「未成熟な可愛らしさや身近な親しみやすさに愛着を示す日本的美意識を取り入れ」(同上)た日本独自のジャンルとなったのは70年代半ばだといわれています。

まさに、この日本的アイドルの要素を数年も前に先取りしていたのが内藤洋子でした。ひらたく言えば、可愛ければ歌が下手でもまったくオーケーさ、ということを圧倒的に納得させた最初の少女が彼女だったのです、ええ。黒澤明「赤ひげ」がデビュー作という超エリート。後にアイドル映画の定番となる『伊豆の踊り子』にも主演して、ほんと王道を行ってるかんじの青春スターでした、うん。

内藤洋子/白馬のルンナ

歴史的名曲『白馬のルンナ』。映画『その人は昔』の挿入歌として発売され大ヒットしました。舟木一夫主演の歌謡映画で、もちろん観に行きましたが、内容は全く覚えていません。舟木と内藤洋子が出ているということにのみ価値がある作品だと思います。なにより衝撃を与えたのは内藤洋子の歌でした。へ、へたすぎる!でもカワイすぎる!!と日本中の少年が雄たけびをあげました。かどうか知りませんけど。

それ以前にも、吉永小百合(『寒い朝』)、和泉雅子(『二人の銀座』)とか、歌の下手な女優さんはいましたが、内藤洋子は次元が違っていました。ファンの私も『白馬のルンナ』を聴いているとは、さすがに公言できないほどでした。70年代に浅田美代子が『赤い風船』を歌うことができたのは、内藤洋子が道を切り開いたからに他なりません。いや、決して内藤洋子様を貶めているわけではありません。
  
  ♪ルンナ 月の浜辺のルンナ
   ルンナ 星を見ているルンナ
   ルンナ おとぎばなしをしましょ
   ルンナ ないしょばなしをしましょ

んー、メルヘンやなあ。秘かにこの曲を聴いて、『伊豆の踊り子』の露天風呂シーンなどを思い浮かべながら、15歳の少年の夜は切なく過ぎてゆくのでした。
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