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つい盗みたくなる、それがライ・クーダー。

Category : 1970年代/音楽
明けましておめでとうございます。

本年も、ぽつりぽつりと、独善的な文章を書き連ねていきたいと思います。徒然な折りにでもお読みくださいませ。



RY COODER_pull up some dust and sit down


毎年、元旦ジョギングしながらウォークマンで聴くBGMが音楽聴き初め。今年初の音楽はライ・クーダーの最新アルバム『プル・アップ・サム・ダスト・アンド・シット・ダウン』。昨年秋に買ったまま、聴かずに放ってあったもの。レンタルじゃないからいつでも聴けるし、みたいなことで何となく後回しにしていましたが、昨年末ストーンズの初期名作3枚を聴いていて(前回ブログ)、そうだライ・クーダー聴かなくちゃ、と思い出したのです。

なんでストーンズでライ・クーダーを思い出すのかは後述するとして、このアルバムは良い!五つ星です。ど真ん中ストライクです。1曲目から懐かしいルーツ・ミュージック・テイスト濃いめのライ・クーダー節全開で、ジョギングの足の運びも軽やかになる楽しさです。ライ・クーダー個人名義の新作アルバムを聴くのは実に三十数年ぶりなので、なんか小難しくなってたらイヤだなあと心配していたのですが、それはまったくの杞憂で、ムカシと変わらず、とぼけていて暖かく懐かしい伝統に根差した芯の太い音を聴かせてくれるのでした。

オレは日本人なのに、何でアメリカの古い音楽がこんなに心に染み入るがやろ、日本の演歌や民謡にはあまり心を動かされんのに、そうじゃ、前世のオレは戦前のアメリカのシェア・クロッパーか白人炭坑夫だったに違いない、なんて思うほど、私には古いブルースやカントリー音楽がしっくりときます。ジャズやシティ・ブルースよりは、アパラチア系白人伝承音楽や南部カントリーブルースに惹かれるところが、前世はボンビー(古い言い方!)な田舎の下層米国人だったと想像する所以。

私とは比較になりませんが、ライ・クーダーは、そんな古い音楽を大好きになった人で、デビュー作からずっと、不況時代とかの古いフォークソングやブルースを発掘して、独特の解釈、アレンジで現代に蘇らせ続けてきました。当初はアメリカ音楽が中心でしたが、その後、メキシコやハワイ、キューバ、さらには沖縄音楽と、そのルーツ志向は世界的広がりを見せるようになり、最新作では、それらを融合したオリジナル曲で独特のライ・クーダー・ワールドを構築しています。それぞれの地域・時代の音楽への愛にあふれた真摯な音づくりが、高い評価を得ています。

そんな彼とよく引比較されるのが、ポール・サイモン。彼も早くから南米やカリブ海そしてアフリカの伝承音楽とそのリズムに目を向けてきた人ですが、彼には、自分の利益ために世界の貴重な音楽遺産を食い物にしている、というような悪い評価がついてまわります。かつては、大国による文化侵略になぞらえられたりもしたようです。私自身はポール・サイモンかなり好きです。セカンド・ソロアルバム『ひとりごと』に入っているニューオリンズへのオマージュ『夢のマルディグラ』などは、いつ聴いてもゾクゾクするくらいいい曲です。けど、そんな評判に足を引っ張られますね。

ポール・サイモンのことはまたの機会においといて、ライ・クーダーでした。

ライクーダー登場

ライクーダー登場ウラ

1970年のファースト・アルバム。エレクトリック&アコースティック・スライド・ギター、フィンガー・ピッキング、マンドリンと、現在聴くことのできる彼のギタースタイルが、この時既に完成形で出揃っています。伝説的ラグタイム・ギタリストのブラインド・ブレイクの名も彼のカバーで初めて知りました。そして、今ではよく知られていますが、当時の日本のロック愛好家の多くはこのアルバムの解説で初めて知ったんじゃないかと思われる面白いエピソード。

それは、ローリング・ストーンズの超名曲『ホンキイ・トンク・ウィメン』の、あの有名なイントロギター・フレーズ、いつ聴いてもシビレますが、あれはライ・クーダーのフレーズを、そっくりそのままキース・リチャード(現リチャーズ)が盗んものだったというお話。

ホンキイ・シングル盤

1969年、ライはストーンズのアルバム『レット・イット・ブリード』のレコーディングに招かれます。スタジオに行ってみると、アレンジ等の準備はほとんどできていず、ストーンズのメンバーはただダラダラと過ごしていたそうです。ライは求めに応じて、様々なギターフレーズを弾いてみせ、それが録音されました。その中に、件の『ホンキイ~』のセッションがあり、そこで彼はあの名高いフレーズを弾きます。ところが曲が完成してみると、ライではなくキースがそのフレーズをそのまま弾いており、ギタリストであるライの名前はどこにも出てこず、わずかに他の曲のマンドリン奏者としてクレジットされただけでした。完全にフレーズを盗まれたライは怒り、訴訟を起こそうとしたほどだったようです。

ライのファーストアルバムの時点では、この件は解決していなかったとみえ、解説に彼の怒りの暴露発言が載っているのですが、その後1972年に、ストーンズ側がライの参加したセッションをアルバム『ジャミング・ウィズ・エドワード』として発売し、印税をライに支払うことで、決着したようです。

まあ、キースとしては、フレーズが出てこず煮詰まっているところへ、聴いたことのないとびきりユニークなフレーズをライが弾いたモンだから、思わず飛びついてしまったのでしょう。オレは天下のキースだけど、奴は無名の若造ギタリストだから、何か言ってきても、オレがフレーズ盗んだなんて誰も信じまい、と思ったのかもしれません。

しかし、論より証拠。ライのファーストアルバムを聴くと、そこには明らかにライの血肉となっているのが間違いないギターフレーズがてんこ盛りで、それらは『ホンキイ・トンク・ウィメン』の独特のノリを感じさせるものでした。そりゃ、ライの言っていることが真実だと、誰もが納得せざるを得ません。

ということで、デビュー前から、キースに盗まれるほどの腕を持っていたギタリスト、ライ・クーダー。その後、味わい深いアルバムを次々と創り、90年代にキューバのミュージシャンを発掘し共演した『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』で、世界的に有名な存在となります。しかし、ビッグ・スターになっても変わることなくお気に入りのマイナーな音楽をお気に入りのミュージシャンとともに演奏するという地味なスタイルを続けているのが、彼の素晴らしいところですねえ。

私は数年前、地元では彼の知名度があまり高くないことをいいことに、彼の沖縄ソング『ゴーイング・バック・ツー・オキナワ』に日本語詞をつけ、『すさきへ帰ろう』という題名で、自分のオリジナル曲のように歌っていたことを告白したところで、本日のオチとさせていただきます。失礼しましたー。










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Comment

ふむ

ライクーダーと言えば、私の場合ブーマーズストーリーとなります。
あれは最高です。

Re: ふむ

harharさん

そうきましたか。
私は、70年代のアルバム8作のうち、この『流れ者の物語(ブーマーズ・ストーリー)』と『ジャズ』は持ってないのです。
悔しくて、今さっきAmazonに注文してしまいましたよ。

私がいちばん好きなのは『チキン・スキン・ミュージック』ですね。
アナログ盤では、ハワイアン・サイド(ゆるゆるのスラック・キー・ギターが聞ける)とメキシカン・サイド(テックスメックスゆうんでしょうか、アコーディオンとサックスのユニゾンが渋すぎる)に分かれていて、南国の音楽らしく、あんまりせわしないと暑いから、ゆーっくりやりましょうや、みたいなカンジがたまりません。

No title

チッキンスキンミュージック・・・
電話線のイエス・・・がはいってなかったかな?

ジーザス オン ザ メーンライン テリー ワッチュー ウォーン~

harharさん

それは『パラダイス・アンド・ランチ』に入っています。
これも好きなアルバムですね。

このアルバムの白眉は、
ライのギターとジャズの巨匠アル・ハインンズのピアノが交互にアドリブ合戦を繰り広げる
ブラインド・ブレイクのカバー「ディ・デイ・ワ・ディ・ディ」ですねー。

日本人に特に人気があるのは、この『パラダイス~』と『チキン~』ということで、
この2作が好きな私は、まさに日本の平凡かつ平均的ライ・ファンということになりますね。

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