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消えたのは宮谷一彦ではなく私、か。

Category : 1970年代マンガ

ブログ休眠中も相変わらず70年代回帰は続いていました。最近は当時のマンガをポツポツ読み返していて、先日、宮谷一彦を、無性に読みたくなり、ネットオークションで落札しました。宮谷は、鈴木翁二、真崎守と並んで、私の70年代初期の記憶に絡みついた特別なマンガ家なのです。

70年春に横浜で暮らし始め、半年もする頃には、いっぱしのアングラ派になっていました。それまでの18年間を過ごした地元は単層文化的で、掘ってもそこにはアンダーグラウンドなんかありません。ボオ~ッとした田舎少年だったから在りかに気づかなかっただけかもしれませんが。

都会へ出たといっても、内気でコミュニケーション下手な性格ゆえ、アングラ系の人たちと交わってアブナイ遊びにどっぷりと、みたいなリュウ・ムラカミ的?なことにはまったくならなくて、とりあえず机上のアングラでしたね~。生身の人間に代わって都会の若者のカルチャーを教えてくれたのは、当時の先鋭的な週刊誌『朝日ジャーナル』でした。新聞奨学生として住み込んだのが、朝日新聞の販売所だったため、無料で読めたのだと思います。新聞店には同じ境遇の大学生が数名いましたが、皆ごくふつうの学生で、あの時代とぐっすり関わろうという姿勢の人はおりませんでしたから、孤独に本ばっかり読んで、人との関わりはそれほど持たぬまま、妄想的にラジカル?になってゆくのです。ジャーナルからは様々な影響を受けましたが、最たるものは、60歳を越えても抜けない、反権力・反体制的な視点でしょうか。特に具体的な行動を起こすわけではない、いわゆる心情左派ですが。当時のジャーナルは、大新聞社の雑誌とは思えないほどイケてました。以前取り上げた川本三郎が編集部に居た頃です。赤瀬川源平が連載『櫻画報』で「アカイ、アカイ、アサヒハ、アカイ」とやらかして大騒動となりましたが、自社への揶揄を掲載する度量が当時の編集陣にあったのですね。そんなジャーナルを窓として、社会のパースペクティブを得るようになった部分が大きいかなあ。

横浜に来て、2カ月後の70年6月に意外なほどあっさりと安保条約が延長され、11月には三島由紀夫が自衛隊に立て籠もり割腹自殺しました。68年頃から高揚した若い世代によるレジスタンスが、急速に退潮していくのが、新米の私にも感じられました。いわゆる学生運動は、この1年後の連合赤軍による陰惨なリンチ殺人事件をもって、完全に社会の支持を失ってしまいます。

そんな時代の雰囲気を敏感に反映したアンダーグラウンドなマンガを発表していたのが宮谷一彦で、私も強く引き込まれました。

もっとも印象に残っているのが写真掲載の『とうきょう屠民エレジー』。68年頃から次々と創刊された青年コミック誌の中で、1.5流という位置の『ヤングコミック』という雑誌に連載されました。東京で暮らす中年男性を主人公にした一話完結の読み切り連載。生活に挫折し破滅へと向かう中年男の悲哀は、変革への夢が破れた(学生世代にとっての)時代の雰囲気を掬い取って、数は少ないが熱狂的な支持を得ました。設定とストーリーも巧みで、これは後に弘兼憲史のヒット作『人間交差点』(原作は矢島正雄)『黄昏流星群』に影響を与えているようです(宮谷氏自身は、真似されたと立腹しています)。


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宮谷作品で圧倒的だったのは、その風景描写の画力です。都会の無機質な街並みが、望遠圧縮された奥行きの中にびっしりと精密に書き込まれています。細密描写が当たり前になった現在のレベルからみても、すごい。絵画的でない主題をことさら写真のように非絵画的に描き込むことで、描き手の存在を逆照射させる手法は、後のスーパーレアリズムを先取りしていたといえるかもしれません。風景を、登場人物の背景ではなく、意図された表現としてストーリーに組み込む手法は、宮谷氏が始めたものだとわれ、大友克洋に受け継がれ、圧倒的な表現として完成されます。

その大友氏が大マンガ家として声望を集めるのとは対照的に、宮谷氏は現在ではほぼ忘れ去られた存在となっています。この『とうきょう屠民エレジー』、雑誌掲載時以来、40数年ぶりに読んで、とても懐かしく、同時に少し恥ずかしい気持ちになりました。(あの時代の)青年だけが持ち得た、稚拙で傲慢だったと振り返って思える世界観にぴったり寄り添う宮谷マンガ。青年は歳を重ね、いつしか日和って、旧来の社会に紛れ込んでゆくのですが、宮谷氏はどうやらずっと同じところに止まって、そこを掘り下げようとしているようです。その姿勢こそが、私たちをして、70年代の亡霊として彼を忘れ去ろうとする要因になっているのでしょう。変わったのは私たちであって、宮谷氏ではない。彼の言葉に沿って言えば、宮谷氏が消えたのではなく、私たちが消えたのです。

相も変わらず浅く、こんなとこですが、このブログでマンガを取り上げるのは初めてです。音楽や文学と並んで、自分の人格形成にけっこう大きく影響したのがマンガなのになんでだろう? なんか吹っ切れたのかな。別に封印していたわけではないけど。マンガについて書くのは面白い。またやろう。






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Comment

川端さんは、お住まいはどこの方なんですかー?

Re: タイトルなし

ブログ放置状態なもんで、コメントに気づくのが遅れ、申し訳ありません。
私は、高知県在住です。
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Author:オジイ川端

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